インターネットで発信をしていると、応援してくれる人もいれば、時にはアンチコメントに出会うこともあります。
「アンチされたらどうしよう…」
「怖くて発信できない…」
そんな気持ちになるのは自然なことです。
なぜなら、人が「怖い」と感じる大きな要因は正体がわからないものに対する不安だからです。
アンチアンチコメントも同じで、「どうしてこんなことを言うんだろう?」と理解できないからこそ、余計に怖く感じてしまうのです。
逆にいえば、アンチをする人の心理や行動パターンを理解するだけで、恐怖心はぐっと和らぎます。
彼を知り己を知れば百戦殆うからず。本記事では、アンチの生態について学んでいくぞ。
なぜアンチコメントをしてしまうのか
心理学や研究の分野では、アンチやトロール行為(わざと人を挑発する行為)はいくつかの要因と結びついているとされています。
ここでは代表的な3つの心理を紹介します。
①他人を傷つけることで快感を得る「サディズム」
研究によれば、アンチコメントをする人には「他者を傷つけることに喜びを感じる傾向(サディズム)」が見られることがあります(Buckels et al., 2013)。
アンチコメントでたとえると、「こう言えば相手は傷つくだろう」と想像し、わざわざその言葉を選んで投げかけるといった行為です。
ただし、実際には相手を本当に理解しているわけではなく、「自分が言われたら嫌だと思う言葉」を基準にしている場合が多いのです。
しかし、人によって感じ方は違います。
「バカ!」と言われて傷つく人もいれば、「まぁ賢くはないか」とあまり気にしない人もいます。
つまり、「他人の痛みがわかる」と思っている人ほど、自分基準で攻撃を選んでしまう。
これがサディスト的な特徴なのです。
多かれ少なかれサディズムを持っている者は多いぞ。「小さい子が虫を潰す」といった行動もサディズムじゃ。
②退屈と刺激の追求
人は退屈を感じると、新しい刺激を求めて行動します。
研究でも、退屈な人ほど攻撃的・サディスティックな傾向が強まることが示されています(Dahlen et al., 2004; Chou et al., 2018)。
他人の噂話や悪口で盛り上がる人っていますよね。
本来、自分の人生に夢中になっている人は他人を攻撃している暇がありません。
逆に言えば、アンチをする人は「暇で退屈を持て余している」ケースが多いのです。
自分の中の正義を振りかざし、他者の考えを変えようとしたり、他者の秘密を暴こうとしたりと躍起になっています。
そして相手の地位を落とすことで、自分の地位が上がったような錯覚をし、自尊心を保とうとするのです。
実際には自分の立場は何も変わっていないため、アンチを繰り返して安心しようとしてしまう。
これも心理的なメカニズムのひとつです。
「アンチをする時間などない」という感覚は、自分の人生に全集中したことがある人にしか分からんのじゃ。
③自尊心の防衛(自己正当化)
アンチは、自分とは違うやり方で幸せそうにしている人を見ると、不安や劣等感を覚えることがあります。
「自分が信じてきたルールを破っているのに、あの人は楽しそうにしている」と感じると、自分の存在が脅かされたように思えてしまうのです。
たとえば、「楽して稼いではいけない」というルールを信じている人にとって、楽して稼いでいるように見える人は敵になります。
その防衛反応として、相手を否定したり攻撃したりすることで「自分が正しい」と思いたくなるのです。
心理学的には次の理論で説明できます。
| 理論 | 焦点 | アンチにどう関わるか |
|---|---|---|
| 社会的比較理論(Festinger, 1954) | 人は他人と比べずにはいられない | 比較して劣等感を覚えたとき、アンチとして攻撃的行動に出やすい |
| 自尊心の防衛理論(Baumeister et al., 1996) | 自尊心を脅かされると防衛行動をとる | 劣等感や不安を和らげるため、他人を攻撃して自分を守る |
比較することで「劣等感」が生まれる(社会的比較理論)→ その劣等感から自尊心を守ろうとして攻撃する(自尊心の防衛理論)という流れじゃ。
まとめ
- 他人を傷つけることで快感を得る「サディズム」
- 退屈と刺激の追求
- 自尊心の防衛(自己正当化)
本日の質問:アンチをしたくなったことはありますか?
アンチコメントをする人は「的確に批判している」わけではありません。その多くは退屈・未熟さ・自尊心の防衛からくる行動にすぎないのです。
つまり、矛先は「あなた」ではなく「アンチ本人の心の問題」にあります。
そう理解できれば、アンチに対する恐怖も少しずつ和らいでいくはずです。
本記事で気づいたことや感想があったら、ぜひコメントで教えてほしいのじゃ。



