「素を出したら嫌われるかもしれない」
そう感じて、人前ではいつも少し取り繕った自分を演じてしまう。現代ではSNSでも「好かれるキャラ」を作って生きている人が少なくありません。
確かに第一印象をよくすることは大切です。
得られるメリットもたくさんあります。
しかし、「取り繕う自分」には限界がある。
その場しのぎの仮面をつけ続けることが、本当に自分や相手のためになるのでしょうか?むしろ、その仮面こそが人間関係を苦しくさせているのではないでしょうか。
たとえば、就職面接。
面接官に好印象を持ってもらえれば、採用につながることもあるでしょう。
ただし、ここで問題になるのは「無理にキャラを作って好印象を演じる」ことです。
たとえば本当は穏やかでおとなしい性格なのに、体育会系の会社に受かりたい一心で無理やり元気キャラを演じたとします。もし入社できたとしても、その後はどうでしょうか。
周囲は「体育会系キャラ」としてあなたに接してきます。しかし実際にはノリが合わない。だんだん「なんかあいつテンション低いな」「思ってたのと違う」と思われてしまう。結果、会社に馴染めず愚痴ばかりになってしまう。
これでは誰も得をしませんよね。
つまり、素を隠して好かれようとすればするほど、結果的に嫌われることもあるのです。
嫌われないためにしていたことが、嫌われるきっかけを作ってしまうこともあるのじゃ!
仮面をかぶることの本当の代償
「自分をよく見せたい」
「相手に嫌われたくない」
その気持ちは自然なものです。
けれど、それが長く続くとどうなるでしょうか。
- 仮面が外れたときに「変わった」「裏切られた」と思われる
- 「本音が見えない」「心を開いてくれない」と距離を置かれる
- 息苦しさや不安で、自分自身が消耗してしまう
仮面をつけて生活していると、常に「バレないように」と緊張を抱えながら過ごすことになります。まるで空気穴の少ないお面をつけているように、呼吸がしにくく、いつ剝がれるかビクビクしている。
生きるのが苦しいと感じるのは、「自分が自分らしく生きていないから」なのです。
嫌われるなら「仮面の自分」ではなく「素の自分」で
一生懸命仮面をつけていてもどうせ嫌われる可能性があるなら、仮面をつけた自分ではなく、素の自分で嫌われたほうがいいのです。
どっちを選んでも嫌われる可能性があるから。
むしろ、素の自分でいることのほうがメリットがあります。
素の自分を好きになってもらえるから。
仮面をつけた姿を好きになってもらっても、それは本当の自分ではありません。
仮面をつけた結果、自分とは合わない人ばかりが周りに集まって、本当は好きになって欲しい人・仲良くなれた人が離れていくこともあるのです。どんどん居心地が悪くなって苦しくなるのです。
たとえ、素を出して嫌われたとしても、それは相性が合わなかっただけ。むしろ早い段階で「合わないな」と気づけたほうが、お互いのためにもなるのです。
最初から仮面をかぶらず、最低限のマナーや礼節だけを持って接していれば、自然に「合う人」「合わない人」が分かれます。
後になって「裏切られた」と言われるより、その方がずっと健全な関係を築けます。
嫌われるのも好かれるのも「素の自分」が一番良いのじゃ。
すべての人に好かれる必要はない
「世界中の人と仲良くしたい」と思うと、どこかで無理が生じます。
そもそも、人には「2:6:2の法則」があるのです。
- 2割の人は、何をしてもあなたを好きでいてくれる人
- 6割の人は、どちらでもない無関心な人
- 2割の人は、何をしてもあなたを嫌う人
どんなに努力しても、全員に好かれることは不可能です。
大切なのは、あなたを自然に受け入れてくれる2割の人たちを大切にすること。
そして、そんなあなたを見て「楽しそうだな」「素敵だな」と感じてくれる可能性のある6割の人たちと、少しずつ関係を築けばいいのです。
「なんか合わないな」と感じる人がいるのは自然なことです。
自分にも「苦手な人」がいるように、相手にもそういう対象がいて、たまたまそれが自分だったというだけの話。無理に一緒にいる必要はありません。
すべての出会いが必ずしも必要な出会いではないの故、無理に縁をつなぐ必要はないのじゃ。
まとめ
- 素を出さないほど、結局は嫌われやすくなる
- 嫌われるなら「仮面の自分」ではなく「素の自分」で
- 2:6:2の法則により、全員に好かれる必要はない
本日の質問:素の自分はどんな自分?
素を出しても大丈夫。
あなたを理解し、受け入れてくれる人は必ず存在します。そして、その人たちと出会うためには、仮面ではなく「あなた自身」でいることが必要なのです。
本記事で気づいたことや感想があったら、ぜひコメントで教えてほしいのじゃ。




